第12章 食といただき方——日本の食の作法と知恵

毎日の食事を、命と働きをいただく時間として大切にしてきた日本の作法と、和食の組み立ての知恵をまとめます。ここに書くのは文化と作法の知識で、何を食べるべきか、食べないほうがよいかの指示や、体調についての助言ではありません。

食の知識を受け取るときに

「いただきます」と「ごちそうさま」

食事の前の「いただきます」には、食べ物になってくれた命と、それを育て、運び、料理してくれた人の働きへの感謝が込められています。ありがたいものを頭の上に掲げて受け取る「いただく」の所作が、言葉になったとも言われます。手を合わせる合掌は、その感謝を体全体で表す形です。

「ごちそうさま」の「馳走」は、走り回ることを意味します。お客をもてなすために、あちこち駆け回って食材をそろえてくれた人への感謝が、この言葉の背景にあると言われます。

御飯、お味噌汁、おかず(御数)のように、毎日の食べ物に「御」を付けて呼ぶのも、食べ物を大切にしてきた心の表れです。味噌汁を「おみおつけ」と呼ぶこともあります。

毎日の食事を当たり前と思わずに眺めると、一杯のご飯の向こうに、田畑で働いた人、天気や水や土、そして命を差し出した生き物がいることが見えてきます。

器を整え、手を合わせてから箸を取る。その一つ一つの所作が、食事の時間を丁寧なものにします。

食事の前に心を向ける言葉

禅寺では、食事の前に五観の偈(ごかんのげ)という五つの句を唱えます。宗派によって言葉は少しずつ違いますが、伝えている中身はおおむね次のとおりです。

  1. この食事が届くまでに関わった多くの人の働きと、命を思う。
  2. 自分のふだんの行いが、この食事を受けるのにふさわしいかを省みる。
  3. むさぼる心や、乱れた心を離れて食べる。
  4. 体を養い、命を保つためにいただく。
  5. 自分が果たしたいことのために、この食事をいただく。

全部を唱えなくても、どれか一句を心に置いてから箸を取るだけで、食事の時間の手ざわりが変わってくることがあります。

食べるときは、食べることだけ

禅の言葉「喫茶喫飯(きっさきっぱん)」は、お茶を飲むときはお茶だけ、ご飯を食べるときはご飯だけに心を向ける、という意味です。画面を見ながら、考えごとをしながらではなく、器の手ざわりや香り、噛んだときの味に気持ちを向けて食べる時間は、いまこの場に戻る練習にもなります。

食べる前に一呼吸おいて感謝を思うこと、よく噛んで味わうことは、昔から言い習わされてきた食べ方の心得です。

茶の湯には、もてなす側ともてなされる側が互いを思いやり、その場をともにつくる、という考え方があります。同じ食卓を囲む人と、その時間を一緒につくる、という気持ちで食事をするのも、食の作法の一つです。

作る人の心——典座の三心

禅寺で食事を作る役目を典座(てんぞ)と言い、料理を修行の一つとして大切にしてきました。食事を作る人の心構えとして、三つの心が伝えられています。

喜心(きしん)
作ること、食べてもらうことを喜ぶ心。
老心(ろうしん)
親が子を思うように、食べる人と食材を慈しむ心。
大心(だいしん)
好き嫌いや分け隔てにとらわれない、海や山のように大きく落ち着いた心。

食材を最後まで無駄にしないこと、道具を大切に扱うこと、食べる人のその日の様子を思いやることも、典座の心得として伝えられています。毎日の台所仕事にも、そのまま当てはめられる心構えです。

和食の組み立て

三徳六味

禅の料理の心得には、三徳六味(さんとくろくみ)という言葉があります。六味は、苦い・酸っぱい・甘い・辛い・塩からい、そして淡い味の六つです。淡い味とは、素材そのものの持ち味を生かした、あっさりとした味わいのことです。三徳は、軽くやわらかであること、清らかであること、道理にかなった作り方であることを指します。

旬の走り・盛り・名残

食べ物にはそれぞれいちばんおいしい時期(旬)があり、出始めを「走り」、最も盛んな時期を「盛り」、終わりの時期を「名残」と呼びます。和食では、旬のものを中心にしながら、去りゆく季節のものと、これから来る季節のものを少しずつ添えて、一皿の中に季節の移り変わりを表すことがあります。旬の時期は地域や品種によって違います。

五色と、目で味わうこと

白・黄・赤・緑・黒の五つの色をそろえると、見た目に美しい食卓になる、と言われてきました。器の脇に季節の葉や花を添えたり、料理の下に葉を敷いたり(かいしき)、刺身に大根のつまや大葉、わさびを添えたり(あしらい)するのも、目でも季節を味わうための工夫です。

香りと後味

口に入れる前に鼻先で感じる香りと、噛んでいるうちに口の中から鼻へ抜けていく香りがあります。お椀の蓋を取った瞬間の季節の香りと、一口目のあとに広がるやさしい後味(返り味)まで、和食は細やかに組み立てられています。

懐石の順

懐石では、軽い先付から始まり、汁物、主菜と進み、最後にご飯と味噌汁、漬物をいただく、という流れがあります。食べる人の体への気配りが、出す順にも表れています。

箸と器

和食では、箸を料理の手前に横向きに置き、手を合わせてから取り上げます。

お正月や祝いの席で使う両端が細い箸(両口箸・祝い箸)は、片方を人が、もう片方を神さまが使う、と言われてきました。神さまと同じものを分けていただく、という考え方の表れです。赤ちゃんに初めて箸で食べ物を口に運ぶ儀式(箸初め・はしぞめ)があり、箸は一生を通して寄り添う道具とされてきました。

器は料理の着物とも言われます。口を付けて使う汁椀は木の漆器が多く、木の器は「椀」、焼き物の器は「碗」と書き分けます。夏はガラスや竹で涼しさを、冬は厚手の焼き物でぬくもりを表すなど、季節で器を替える楽しみもあります。

お米と稲

日本は古くから「瑞穂(みずほ)の国」と呼ばれ、稲作と神さまのお祀りは深く結びついてきました。神話には、天上の神さまが育てた稲の穂を、地上へ降りる孫の神に授けた、という話が伝わっています。稲・粟・稗・麦・豆を五穀と呼び、五穀豊穣を祈る祭りが各地で行われてきました。

一粒のお米が食卓に届くまでには、種を守り、苗を育て、田を見守り、刈り取り、運ぶ、という多くの手がかかっています。禅では、その一粒まで大切に扱うことを教えてきました。

おむすびの「むすび」を、ものを生み出し結び合わせる働きを表す古い言葉「むすひ」と結びつける説があります。春、田植えの前に山へ入って神さまと食事をともにした「山遊び」が、いまのお花見の源の一つだと言われています。

発酵と調味料、台所の神さま

味噌・醤油・みりん・酢・日本酒など、和食の調味料の多くは、麹(こうじ)の働きを生かした発酵から生まれています。米の上に白い花が咲いたように広がる様子から、「糀」という字も作られました。時間と手間をかけて仕込み、季節をまたいで熟成を待つ営みは、季節とともに暮らす知恵でもあります。

醤油
最も一般的な濃口、関西を中心に使われる色の淡い薄口、中部地方の濃厚な溜(たまり)、仕込みを二度重ねる再仕込み、小麦を多く使う琥珀色の白醤油などがあります。
味噌
原料の麹によって、米味噌・麦味噌・豆味噌に分かれ、地域ごとに色や味わい、熟成の長さが違います。
出汁
昆布や鰹節などからとる出汁は、和食の味の土台です。日本の水の多くはミネラルの少ない軟水で、出汁の味を引き出しやすいと言われます。

台所には火の神さま(荒神さま)を祀る習わしがあり、地域によって祀り方が違います。台所を清らかに保ち、火を大切に扱うことも、食の作法の一部と考えられてきました。

甘酒と日本酒

甘酒には、ご飯と米麹を合わせて温かく保って作る米麹の甘酒と、酒粕をお湯に溶いて作る酒粕の甘酒があります。米麹の甘酒は「酒」と書きますがアルコールを含まず、酒粕の甘酒にはわずかにアルコールが残ります。

日本酒は、温める温度ごとに呼び名があります。ぬるい方から、日向燗(ひなたかん)・人肌燗・ぬる燗・上燗・熱燗・飛び切り燗と呼ばれ、冷やして飲むときも、冷やす度合いに応じた呼び名があります。

お酒は、もとは神さまに捧げるものとして大切にされてきました。祝いの席で盃を三度に分けていただく三献(さんこん)の儀や、婚礼の三三九度も、その流れにあります。

日本茶の楽しみ

日本茶には、煎茶・玉露・番茶・ほうじ茶・抹茶など、さまざまな種類があります。湯の温度によって、うま味が出やすくなったり、渋みや香りが立ったりするので、低めの温度でゆっくり淹れる、熱い湯でさっと淹れる、と茶葉に合わせて楽しみます。同じ茶葉で二煎目、三煎目と味わいの変化をたどるのも、喫茶喫飯の練習になります。

お茶を味わうときには、香り(香気)、お茶の色や澄み具合(水色・すいしょく)、淹れたあとの葉(茶殻)、うま味や渋みの調和(滋味)といった言葉が使われます。

立春から数えて八十八日目のころ(八十八夜)は、新茶の季節として親しまれてきました。

人を養う四つの食(四食)

仏教には、口から食べる食事だけでなく、人や物事との触れ合い、心に抱く思い、物事を見分ける心の働きも、人を養う「食べ物」と見る考え方(四食・しじき)があります。

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